T&T' Box やっぱり。。。

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やっぱり。。。


 眠れていない。。。

 どーしようとは思ったけど。
ここに残したくなったので。

 興味のない方はスルーで(笑)


 



 珠理奈の傷の深さがわかるような気がする。
当時、11歳の小学生です。

 ジャニでも、「握手会」とかって
本人に対して酷い事をする輩はいます。
(しかも堂々と「してやったぜ!」って
ブログに書いていた人もいたよ。。。)


『AKBのきっかけは 高校生時代の おニャン子クラブ 
年齢がバレますが ドンピシャの時代でした。
その時に 秋元先生の楽曲と出会い 過ごしてきました。
その秋元先生が新たにアイドルグループを作るという事を
聞き 是非曲が聞きたいと思い劇場に行こうと。
販売業で店員な私は年末に希望休暇が取れず諦め
翌年 2006年1月から 劇場に通う事となりました。
当時は当日券も豊富にあり 入場しても20人弱。
柱裏には誰も行かず 中央部の席に集中しても 空き席が・・・
危機感を覚えた 当時の有志で ビラを配ったりしました。
その甲斐があったのか AKB初の満員御礼の日にも劇場で味わえ
草の根運動が実を結びつつある事を感じつつありました。
その後2期募集で チームK結成 初公演から数日後の
40人弱の公演も居て 新チームの大変さを実感。
でもその後から 少しずつお客さんも入るようになり
3期 チームB公演の頃には 連日満員になる盛況ぶり
劇場に行っても モニター観覧がほとんどになってしまうが
お客さんがいなかった時代を知ってるだけに嬉しくて・・。

で そんなAKB中心の生活が一変するきっかけは
名曲 大声ダイアモンド 握手会での出来事
当時の握手会は メンバーが2列に別れ 握手するという
今考えると 選抜のほぼ半分と握手できる夢のような場所
そこには 今回Wセンターに選ばれた 名古屋の新チームのエース
松井珠理奈 という 新しい風と出会いたくて・・・
心躍り並んでいたのですが しかしそこにあったのは修羅場。
列の中心に珠理奈がいました そしてその珠理奈に対し
アンチと思われる連中が 差し出す手を振り払い 露骨に睨み
無視するだけではなく 罵声を浴びせかける始末。
それが一人なら 嫌な客という事で 気持ちの整理も出来ると
思いますが それが軍団になり ループで珠理奈を責める。
涙いっぱい浮かべ 悔しさから力いっぱい握り締めた爪の跡で
赤く晴れ上がっている手で 次のお客に対し 笑顔で握手を
求める 珠理奈 を見て AKBのアンチから盾にならないといけない
と感じ 自分の順番になって

「今の全てを見た上で AKBを離れ あの連中・軍団から
 珠理奈の盾になると 今 決めました。
 なので 今からSKEを 珠理奈 を 一番に応援します。」

せきを切ったように泣き出す 珠理奈。
言葉は交わせなかったですが 思いは通じたかと思いました。
でも嬉しかったのは 次に並んでいた 
当時は面識のあった麻里子様に(カフェっ子時代から常連でしたし・・)
「絶対だよ 珠理奈を支えてね 今の珠理奈に支えが必要だから」
と声をかけられ 確か次があっちゃんだったと思うのですが
「珠理奈は悪くないんだよ AKBは捨てちゃさみしいけど珠理奈をお願い」
とにかく珠理奈を泣かしてしまった事がショックで 他の選抜メンの
お言葉が全然耳に残りませんでした。
しかもその直後 珠理奈が握手会から下がってしまったと聞き
すぐに 戸賀崎さんに謝罪に行きました。
この日以降 SKE そして 松井珠理奈を陰ながら支える
という 日々がスタートしました。
今では握手会で メンバー認知 が重要視されて メンバーに
認知を強制する輩もいるようですが 私はそんな事は不要。
とにかく SKEを 松井珠理奈 が全力で活動できれば十分。
これは 今の自分の 骨 軸 に なっています。
まあ 公演チケットの競争率がとんでもない事になっているので
在宅ヲタ DMM中心 と なってしまいましたが
48グループへの思いは 誰にも負けていないと思ってます。
そのぐらいは許してくださいね(笑)

こんなめんどくさい古参ではありますが よろしくお願いいたします。』


 私も、彼女に対しても、タキツバに対しても
「優しい存在」でありたいと思う。

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